04月02日
≪事務所移転のお知らせ≫

事務所が六本木から自由が丘の方に
移転いたしました。

お手数ですが、住所登録等の変更を
お願いいたします。
お近くにお越しの際には、是非お寄りください。

〒158-0083
東京都世田谷区奥沢3-39-9-602
TEL:03-3727-3361
FAX:03-5499-5273


02月24日
≪海に関する環境保護イベント≫

8月31日に茨城県、日立市の海岸で、海に関する環境保護イベントの開催が決定しました。弊社はこのイベントのプロデュースを行っています。現在、企画立案中です。趣旨は、きれいな海を実現するために環境問題に取り組む人たちが、音楽を接着剤に集まって情報を全国に発信していこうというものです。
現在、ジャマイカからレゲエのアーティスト、ハワイからハワイアンのアーティストの来日講演を計画しているほか、オーガニック食材普及団体や環境保護団体のご参加が検討されています。
参加、企画にご興味のある方は、当ホームページからCONTACTよろしくお願いいたします。

01月01日
≪Happy new years!≫

あけましておめでとうございます。
昨年お世話になりました皆様に心より感謝いたしますとともに、本年も旧来同様何卒よろしくお願い申し上げます。

弊社の特徴は、このホームページでも繰り返し載せておりますとおり、インターナショナルなデザインとマーケティングのプロ集団による、クライアントさまの未来が描けるマーケティングとデザインのご提案です。

昨年は、この特徴を生かしたご提案ができたものと思っております、
今年も引き続き、フランス、イタリア、ニューヨークにからんだ案件に取り組んでまいります。

新しいものを生み出すためには、常に壁にぶつかることの連続ですが、しっかりと自分たちの行く先を定め、その軸がぶれることなく進んで行きたいと思っています。

今年も切磋琢磨して半歩先の進んだご提案ができるようにがんばってまりますので、クライアントの皆様、仲間の皆様、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

エンリッシマ 瀧田

11月16日
≪連続性≫

店舗レイアウトに関する講義をやると、そこに陳列の関連性という言葉が出てきます。となりのものととなりのものとの関係に連続性があるという意味です。

中目黒にあるお茶バーは、もともとインテリアデザインの会社が経営しているものです。とてもデザインオリエンテッドな空間の中で、すべての食材、お茶がこだわりをもって出されます。

そこはレストランも近くでやっています。

デザインは異なるものの、個々のデザインには連続性があります。だからストアアイデンティティがわかりやすく、同じ系列であることがはっきり受け取れます。

とても居心地のよい空間と時間が味わえます。

11月01日
≪反復≫

まとまりをもたせるのに、近接のほかに反復があります。
つまりある一定のパターンで同じモチーフを繰り返し用いる方法です。

ことしのクリスマスにむけて、現在やっているパッケージデザインをみていてこんなことを思いました。

反復によって、人は安心感を得るのかもしれない。特に日本人は。

でもたとえばエドガー・ドガの有名な絵「婦人帽子店」のように、一見反復に見えない反復の仕掛けってすごいなあ。

色も含めて、単に反復といっても奥が深いです。

10月30日
≪近接≫

バラバラと紙の上に書かれた図形は、特にデザインされたようには見えません。つまり美しくないわけです。
そして別に人目を引くわけでもありません。

もし、何か「おっ」といわせたければ、なんらかの調和か統一感を出さないといけないわけです。

夜空にある無数の星が、ある塊になると星座となって見分けられるのと同じですね。

ここに書かれている文字だって、一列に並んでいるから文章として読めるのであって、ばらばらの位置にあったら意味をなしません。

デザインの世界では、まとまり感を出すのに一番てっとり早い方法は、近接という方法です。つまり要素を近くに集めるのです。

こんな単純な方法も、たとえばちょっとしたちらしを作るときに役立ちます。文字の配置や、強調した文章、図、写真の構図など、ちょっとしたことでただのまたたく星と星座の違いぐらいになります。

あなたのお店のちらし、人目を引いていますか?

10月28日
≪まとまり≫

今日、電車に乗りました。比較的空いていたので、めずらしく座ってまわりを眺めていたら、社内広告がある一定のパターンで統一されたものでした。

このようになっているとなんだか落ち着く気がしました。

そういえば、いつもは週刊誌とかさまざまな広告がものすごい情報量で飛び込んでくるのに、この車両はとても
落ち着いた気分になれました。

これはデザインを考える上でも大切なことではないかと思います。

「人間はいつも目に映るものを個々の要素の総和として知覚するのではなく、全体やまとまりとして知覚する」というゲシュタルト心理学を思い出しました。

個人的な好みかもしれませんが。

10月27日
≪伝統の中の異質≫

先日パリに行ってきました。今度パリでの仕事が増えそうな感じです。パリはいつもすれ違いのところで、イタリアからの帰りに一泊するとか、仕事があっても一日だけとか、まだ知らないことだらけなのですが、でも、パリの街にいると、「東京はパリになりたかったのだろうな」とへんなことを思ったりしました。何かそこには私たちの憧れのようなものがあるような気がします。

さて、友人にパリの市内でいいレストランはないかと聞いたら、ジョージというところを教えてくれました。それはポンピドゥー美術館の一番上にあるレストランです。

とても雰囲気がよく、おいしいレストランでした。パリでないと味わえないのかなと思いました。

でもそれよりびっくりしたのは、ポンピドゥー美術館の外観です。普通は壁で隠すダクトやフレームのようなものが外に露出して、無秩序ともいえる外観なのを呈しているのです。それは伝統的な美をたたえるパリの街並みの中であきらかに異質でした。一瞬なんとも違和感があったのですが、それは堂々と独自性を強調し決して忘れることのないインパクトを与えてくれています。

私たちの脳は、目に映るものの中から同じような要素をさがし、そこに安心感を覚えますが、同時に異質なものを識別し、それがあるレベルを越すと、美や落ち着きみたいなものを感じるのかもしれません。

セールスプロモーションを行うときも、このことを意識していきたいと思います。



05月09日
≪多様性と統一性≫

僕は海外に行くときに、成田まで車でよく行きます。日本に帰って来るフライトの便でちょうどお昼ごろ着くものがあります。

成田から走ると、都心に入るまでは高速道路が調子いいのですが、そこから先は渋滞になってしまいます。

なのでそういう場合は箱崎で降ります。そうするとちょうどお昼時のオフィス街を通り抜けることになります。

いつだったか鮮明に覚えているのは、ちょうど昼休みだったのでしょう。季節も暖かい季節で上着は必要ないのだったのだと思います。とにかく白いワイシャツを着て、黒っぽいズボンをはいた男の人たちが、うようよそこらじゅうにいるのを見て、「ああ、日本だ!」と思いました。

通常では何も感じない光景なのでしょうけど、ちょうど海外から帰ったばかりだったので、とても印象的でした。

これをネガティブにとらえると没個性ということになりますが、ポジティブにとらえると統一性ということになります。

先日のタクシーの色と同じです。

デザインの世界でむずかしいのは、この統一性と多様性のバランスをとることだと思います。多様性だけ追求したならば、まとまりのないものになってしまいますし、統一性だけ追求したら何も面白くないもの(逆にこれもモチーフにしたアートもありますけど)になってしまいます。

企業の組織の設計も同じでしょう。この多様性と統一性のバランスを微妙にとるためには、テクニックとそれを駆使する能力が要求されます。

そしてそれをなし得たものものが、美しいのだと思います。


05月07日
≪まとまり≫

ゴールデンウイークが終わったあとの月曜日の東京は、一斉にみんな仕事に戻って、いつも以上にせわしない感じがしました。

道行く人と車を何気なく見ていて思ったのですが、タクシーの色がなんであんなに様々な色を使うのだろうと。会社が違うといえばそれまでですが、それにしても色の使い方がなんだかまとまりがないように思います。

ニューヨークではご存知イエローキャブが走り回っています。マンハッタンの景色を作っているのは、摩天楼だけではなく、道行く車たち、とりわけイエローキャブかもしれません。ニューヨークでマセラッティの宣伝写真は、イエローキャブに囲まれてパークアヴェニューを走る銀色のマセラッティクアトロポルテでした。

そこで思うのは、この全体としてのまとまり、あるいは全体として統一されたイメージがデザイン性に大きく影響するということです。

まとまりがある状態というのは、さまざまな要素が絡み合いながら、そこに一体感を与えている状態です。このさまざまな要素は偶然に同居しているのではなく、それは考えられてそうなっているものが、デザインであり作品だと思います。

サンフランシスコの町並みは、まるである1人の芸術家がデザインしたようにまとまっているから、美しいし、人の心を打つのだと思います。

日本でも古都と呼ばれるところには、あるまとまった一体感があります。

まとまりは美しさでもあります。躍動感と美しさ、これらの表現が両立しているデザインは、人の心を捉えるのでしょう。


04月16日
≪シシリーの海と湘南≫

イタリアの南、シシリー島のカターニアという町を訪問しました。ここはシシリー島では2番目の大きさの街です。

シシリー島というと、映画でもよく取り上げられるような海辺のリゾートというか、田舎を想像しますが、実際カターニアの中心地にいると、どうもそういう感じがしません。

私はいつも街の真ん中にあるホテルにいるので、特にそうです。今回は、ホテルにあった地図にBlack sand beachという書いてあるところが比較的ホテルから近くにあったので、ジョギングがてら行ってみました。

その名のとおり黒い砂と大きめの黒い石がごろごろとあるところで、入り江になっていました。左側には防波堤があって、そこではつりをしている人たちがいました。

なんか見たことある光景だなあと思ったのですが、どうやら湘南の海岸そっくりです。

カターニアから1時間ぐらいいくと、タオルミーナというとても有名なリゾートがあるのですが、そことは大違いです。

でもこの湘南に似た海岸が、こじんまりしていて私はとても気に入りました。人もほとんどいないし。

先入観で考えると、せっかくシシリー島に来ているのにとがっかりしそうな海ですが、人々の生活につながっている海という点で、湘南もここも同じだと思うとなんだかほっとして、かなりぼけーとそこにいました。

先入観をなくして接すると、肩の力が抜けてとても楽な気がしました。



04月14日
≪花の聖母教会≫

ローマから日帰りでフィレンツエに行ってみました。
イースターで学校が休みなので、家族で休暇をとっているところが多く、とにかくローマもフィレンツエも人が多いです。このところ暑く、日中30度近くまであがっています(といっても車についているが外気温度計なので今一歩あてになりませんが)

フィレンツエの名物、サンタマリア・デル・フィオーレ,花の聖母教会ももちろん人でごったがえしています。

しかし、何度見ても大理石が放つ華やかなこのオーラはなんなんでしょうか?それは人ごみを避けて通っていても、いやがおうでも私の視界に突き刺さってきます。

これを今から700年ぐらい前に作ったわけですから、すごいとしかいいようがありません。

今ならコンピュータシミュレーションで、事前にこの大理石をこう組み合わせたらこうなるとか予測をつけて作っていけますが、当時はそんなものはあるわけないので、いったい作った人はこの完成した姿を最初から想像していたのでしょうか。

正解は私は知りませんが、ただ、あるかたちを作る場合に、一生懸命考えて作ったとしても、その素材がいつの間にか自分の考えを超越して、自ら形を作っていくということがよくあります。

アートと呼ばれるものでも、たしかにそれは人が作り出したものであるけれども、出来たときにはどうしてそれが出来たのか作者本人も説明できないことが多かったりします。

お店もそうです。デザイナーや設計者、そしてもちろんオーナーが、ああでもない、こうでもないと作ったお店ですが、結局お客様がはいってきて、どんどん形が変わっていったりします。そしてそれが結局そのお店のオーラになるのです。

これは、その素材そのものが「生きている」という感じをまさに発するときなのではないでしょうか?

素材がすごければ、それが生きていれば、花の聖母教会のように時間を越えてオーラを発し続けるのでしょう。


04月10日
≪ヴィットリアーノ≫

ローマといえば、コロッセオやフォロロマーノといった古代ローマ帝国の遺跡が有名ですね。私にとっては、ヴィットリアーノがローマのイメージです。

ビットリアーノはヴェネチア広場の正面にたつ、Monumento a Vittorio Emanuele 2です。まず観光では必ず立ち寄るところです。

17年ほど前にローマを訪れたとき、ここが最も印象に残っていました。その後ローマに何回かは来ているのですが、ここには訪れることがありませんでした。

今回あたらめて来て、大変懐かしく思い、ああ、ローマにいるなあと思いました。実は仕事で来ていると、イタリアにいることはいるのですが、なんだか時間に追われて、感動というものが少しなくなってきていたのかもしれません。

ところでこのヴィットリアーノ、ほとんどのところが工事中でした。だいたいイタリアの建物は、けっこう多くがいつも修復工事中で、せっかく訪れたのに写真撮ろうと思っても、絵にならないケースが多いですが、これもそうです。

日本は建物をスクラップ&ビルトするし、工期は世界一といっていいぐらい早いので、工事中だったとしてもあっという間に最新の建物に変わります。それに引き換えイタリアのものは、いつまでも覆いがあって、やっととれても修復工事なのでもともとの姿が出てくるだけです。

でもミケランジェロのダビデ像のように、磨かれて一段と魅力を増すのですが。

アートやデザインも含めて、時間を超えて魅力を持ち続けるものは、もともとが徹底的に存在感があるものなのだと思います。

そしてそれはどこか未完成であったり、欠落していてもいいのです。

人間の考えることは、そうそう完璧ではありません。でも時間とともにそれが完成されていきます。最初は多少未完成で荒削りでもいいと思います。

お店に経営や、会社の経営もまったく一緒だと思います。

でも大事なことは、もっている素材自体がいいもの、本物であること、これさえしっかりしていればいいのです。

to be continued


04月08日
≪空間への畏怖の念≫

今イタリアはローマにいます。

イタリアに来ていつも思うことは、とにかく歴史が育んだ空間の素材のすごさです。まわりにあるものすべてが素材自体で存在感があります。

先日六本木の東京ミッドタウンがオープンしました。六本木ヒルズとあわせてこのふたつは大きく東京の街を変えていくと思います。

やっと僕は六本木ヒルズになじんできたところなのですが、いずれにしてもその空間は最新のものがかもし出す居心地のよさを持っています。(先日上の方で煙はきましたけど)。

ところがイタリアはそのまったく反対にあります。でも空間に畏怖の念を感じます。ニューヨークのトランプさんのビルもすごいですけど、でもここの空間の存在感はそれとはまったく異なります。

イースターなので友人たちはそれぞれバカンスを楽しんでいるので、たまにはひとりで歴史が作り上げた空間をゆっくり堪能したいと思います。

03月31日
≪企画≫

昨日までのいくつかの打ち合わせで思ったことがあります。

それは、私たちはいろいろなことを考えて、それはそれぞれの人の頭の中にあるのですが、最終的には手を動かして何かにしないとなかなか伝わらないということです。

書いたものは、それが絵であれ、文字であれ、「形」を作っています。私たちは形があるとすごく共通の理解がしやすいということです。

私の仕事は、デザインというより、「企画」なのだろうと思います。いろいろなアイディアはあっても、それが現実のものとなるためには、形にならなければなりません。

形は変化します。最初はメモ書きだったものが、書類になり、設計図になって、そしてお店になります。

こういう「形」になる段階がきて、それに関係した人たちの共通の作品になるのでしょう。

企画、プロデュースともいってもいいかと思いますが、それは、頭の中のアイディアに命を与えるものでありたいと思います。

03月25日
≪素材とかたち≫

お店のデザインは、かたちだけではなくその素材がものすごく意味を持ちます。同じ形でも、素材が違うとまったく違う表現になります。

イタリアデザインの場合、素材的には石と木の存在がすごくものを言います。特に石は、日本人の私たちとが考えるよりもはるかに多くのバリエーションが存在して、そのひとつひとつの意味とそしてそれらの組み合わせの意味が、全体の意味づけを左右します。

しかし、和のデザインをするときほど、素材そのものが意味をもつことはないのではないかと思います。そのバリエーションの多さと言ったら、あきれるほどです。

そのぐらい、日本の文化というのは素材との関連が強いのです。それはお店のデザインのみならず、料理にしても、すべてそうです。

日本はほんとに繊細で、かつ創造性に富んだ国だと思います。

私たちは、何かを見るときに、その中に「これは見覚えのある」とか「これは初めて見る」と言った判断をします。

また見るもの同士を関連づけたりします。

素材とかたち、それらの無限の組み合わせによって、クリエーターたちは自分たちのメッセージを視覚的に訴える努力をしているわけです。

それはひとつの言語といっていいでしょう。

だから受けてがしっかりそれを受け止めなければ意味がありません。逆に言うと、発信側はそれを相手にわかるように発信することが求められるのです。


03月14日
≪ものの見方≫

デッサンの勉強をしていたとき、炭で焼かれた木片をただひたすらデッサンするという授業がありました。

要するに、黒い塊です。これを木炭でデッサンするのですから、なんだか色のない、地味な世界です。

このときに、先生から「もっと対象をよく見なさい」とか「対象とまわりとの関係に注意しなさい」とか言われました。わかったようなわからないような気分で聞いていました。

実際、それができたのかというと、実際のところ最後の最後で怒られました。それは、真ん中に木の塊を自分なりに描いて、それは自分が見えた状態を表現できたのですが、なんだかまわりが白くてそいつだけ黒いのでさびしい感じがして、最後の最後にちょいと置かれている台を簡単に描いたのでした。

やってはいけないことなのです。その簡単に描いた台のせいで、対象が語りかけてくるものがなくなってしまったのです。なぜかというと、私は木の塊は3日間睨みつけて、それが語ることを得てきましたが、台については同じようには見ていなかったからです。

実際「見る」という行為は大変な行為なのだと、思い知りました。

だから、自分のものの見方が甘いと思ったら、もっともっと時間をかけて、意識的にものを見なければいけないのです。そういう訓練を常日ごろからしていたいと思っています。

ニューヨークをよく知っている方は多いし、訪問した方も多いと思くいらっしゃいます。でも僕は僕なりに、個性的なお店をプロデュースする身として、アートやデザインの歴史をふまえつつ、ほかの人が見落とすような、あるいはほかの人には興味がないようなことを、僕なりに気がつくような、そういうものの見方をしていたいと思っています。






03月13日
≪自然界の形≫




自然界の形をモチーフにして、優れたデザインが生まれるケースはとても多いものです。

彫刻家ヘンリームーアのことを先日書きましたので、それに関連したお話を。

ヘンリームーアの作品は、箱根の彫刻の森美術館などで見られるもので、とても有名なものですね。

ヘンリームーアは、よく制作中の作品に似た貝殻を拾ったそうです。そしてアトリエ内ですでに模索していたフォルムを自然界の中で確認していたのでしょう、。

たとえば、子を抱く母親像は、彼が拾った貝殻のうち内部を包みこむように保護するフォルムと似ているといいます。

これとは逆に自然界で集めたものから新しい作品のヒントを得る場合も多いわけです。

ただし、自然界もモデルとそれが喚起するデザインとの関係は、ヘンリームーアの彫刻ほど1対1対応にはならないことも多いのです。

私は先週から今週とアメリカを西から東に移動しましたが、当然移動には飛行機を使いました。シカゴの空港では、飛行機が遅れたので、長い間空港で待たされました。

そのとき空港の窓から飛行機をずっと見ていると、たくさんの飛行機が出入りしているので、いろいろな角度から飛行機を見ることができます。

真後ろから見ると、飛行機はほんとにいかにも飛んでいきそうな形をしています(実際飛ぶのだから当たり前ですが)。その無駄のないフォルムは、やはりありきたりですが、まさに鳥が滑走しているフォルムに似ています。

ところが、飛行機を横から見ると、どうみても鳥には見えないのです。私にはクジラのように見えます。(飛行機の種類にもよりますが)。

海にいるクジラと空を飛ぶ飛行機、本来あまり関係ないかもしれませんが、でも両方とも流体の中でもっとも効率のよいフォルムという点では共通点が見えます。

飛行機の設計者は、クジラを見て側面の形をデザインしたとは思えません。クジラでなくてマグロだ!ということでもないと思います。

大事なことは、空気や水を切り裂くためにどんなフォルムがよいかとつきつめると共通点が出るということです。

解決したい問題がクリアであれば、そこから似たような解答が得られるということかもしれません。

お店のデザインも、単に何かのまねをしたとか、イメージとして何に似せた、といったレベルではなく、解決したい問題があって、その問題解決に最適な解答を求めていくと、ある共通したものにぶつかっていって、結果としてあるフォルムを形成する、といったプロセスが大事なのだと思います。

03月11日
≪ニューヨークの街角≫



ニューヨークの街はとてもアートにあふれています。

ホテルの近くを歩いていると、お店の前にヘンリームーアの彫刻を模したオブジェがおいてある店がありました。

単なるストアデザインを超えて、アートの領域に入っているようなものも多く見受けられます。

このようなものの中には、その発想の源泉、すなわちモチーフとなったものがひと目でわかるものもあれば、ぜんぜんわからないものもあります。

モチーフというのは、ストアコンセプトとかお店の中身のコンテンツとはまったく別のものです。モチーフとは、あくまで創作の動機を与えたもののことです。

だからヘンリームーアの彫刻では、骨が彫刻のモチーフとなっています。でもヘンリムーアの彫刻が店頭にある店は、何がモチーフなのか一瞥ではわかりません。

でもこのモチーフに触発されて、お店のコンセプトとかテーマが決まってくるのです。
そうやって、そのお店を作ったオーナーさんやデザイナーさんの「ものの見方」や「考え方」が表現されるのです。

03月10日
≪マンハッタンの毒≫

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今、ニューヨークはマンハッタンのど真ん中のホテルにいます。最近は、アメリカに来ると西海岸から入って、東に移動して、つまりにニューヨークに来てそれから日本に帰るというパターンが多くなってきました。

そのとき思うのが、西海岸の方が居心地がいいということです。ニューヨークに来るといつも思います。

ニューヨークと言っても実はニューヨーク州はとても広く、キャピタルのあるオーバニーは田舎でとてもおおらかな土地です。僕がここでいう、そして多くの人がイメージするニューヨークは、ニューヨーク州ニューヨーク、マンハッタン島の中のことになりますね。

マンハッタンに来るとカリフォルニアの気候のよさがまず実感されます。ニューヨークは冬は寒くて夏は暑いです。湿度の問題はあるにしても、東京に似ていますが東京より極端な気がします。夏には停電の問題がありますし。

それに人が多いです。もちろん東京に比べたらぜんぜん問題になりませんが、カリフォルニアから来るとうんざりします。

ニューヨークの人は、ばらつきは大きいですが、一般的にいえば無愛想で要するに感じ悪いです。それは大都会はみんなそうであるように。イタリアだって、ミラノ人は冷たい感じがします(一般的なイメージです)。しかもニューヨークはみんな超ストレスフル!!信号だって待つのはいやみたいです。

そんなニューヨークですが、でもとっても不思議なことに日本に帰るといつも恋しくなります。ここの水には毒があります。いったん飲むとニューヨークウイルスみたいなものが体内に入って、そいつがここにひきつけるような、そんな感じがします。

それはやはり、ありきたりの言葉ですが、刺激に満ちているところだからと思います。

私たちは立場はいろいろであれ、何かをクリエイトして生きています。そのためにはアイディアの引き出しを満たしておかなければなりません。

それは、たとえて言えば体を動かすエネルギーを得るためには、常に胃の中にエネルギー源になるものを食べてためておかなければ、動けないのと同じです。

もっといえば、クリエイトするためのアイディアや思いつきは、発想の源泉がからっぽだったら何も生まれないわけです。

そのために、現代に生きる私たちは、本やテレビなど、さまざまなメディアを通して情報を仕入れようとします。

特に視覚から入手するものは、刺激が大きいのでそれを好みます。多くの人はテレビが大好きですね。

そのおかげでかつては遠くに行かなければ見られなかったものが簡単に見ることができます。

ニューヨークのこともミラノのことも、雑誌でもいくらでも写真がありますし、テレビでも特集をするので、視覚的な情報を得ることができます。

でも、それはメディアの意向が入ったものなので、それが自分が刺激を受ける情報のすべてであるとは限らない、というかむしろそういう視覚刺激は別のところにあると思います。

僕にとってニューヨークの毒は、マンハッタンの絵葉書にあるような景色でもなく、有名なレストランの中にもありません。もちろんこれらもすごく刺激的です。でも、歩道の上の工事中の看板だったり、地下鉄を待つ人々の姿だったり、へんなところになにか生きている刺激を受けたりします。

東京でもいくらでもこういう刺激があるはずなのに、東京では日々の生活に追われて、見出すことができないのかもしれません。

03月07日
≪変わらない海≫

見るという行為は、新しいものを作り出す作業の源になるものです。私たちは、何かの形を描いたり、デザインをする際に、いろいろなものを参考にします。

そのもっとも根源的なものは、自然界にあると思います。自然をじっと「見る」ことで、視覚的刺激を受け、表現の可能性を学びます。

西田敏行は、動物園に行ってチンパンジーを一日中観察して演技のヒントを得たといいます。

ある人は、石を一日中見ていたと言いいます。

私は。。。。

海を見ます。海からさまざまなことを学びます。

ところで、海といえば、今日カリフォルニアのハンティントンビーチに22年ぶりに行きました。

WOW!22年ぶりです!

今日の仕事がLOS ANGELSの南100kmぐらい行ったところでありました。

打ち合わせが終わって、SanJoseへの帰りのフライトの時間までやや時間があったので、Pacific Coast Hwyをドライブしました。

22年前、1986年、大学生だった私はサーフィン修行のためにこオレンジカウンティに2ヶ月ほどいました。

ニューポートビーチ、ハンティントンビーチ、ロングビーチを結ぶこのあたりは、毎日走り回っていたところでした。

中でもお気に入りは、すごくマイナーなのですが、Seal beachというところです。

ひょんなことから22年ぶりに行きました。いきつけだったショップ「INFLIGHT」はいまでもありました。店のおやじはいなかったけど。あの当時もし45歳だったとしたら、もう67歳になっているんだなあと思うと、ちょっとぞっとしました。

いつもはいっていたビーチに行ってみました。

トイレの位置も、潮の状態を書き込むボードも、やや塗装などはかわっていたもののほぼそのままでした。ピアも、町並みも基本的には変わっていません。
海のにおいと芝をかったばかりのにおいが混じる、独特のにおいもそのままでした。

そしてもちろん海も。

都会の時間の流れと、自然の時間の流れ。

変わるものと変わらないもの。

学ぶことは多いものです。


03月06日
≪シリコンバレーのホテルにて≫

今、アメリカ、カリフォルニア州のシリコンバレーにいます。ここにくるといつも泊まるホテルがあります。
Sunnyvaleにある、Wild Palmというホテルです。

このホテルはその名のとおりすごく南国の雰囲気をもっていて、IT最先端の地域の大きな道路の交差点にあって、でもここでだからこそなりたつ、とっても不思議な感触のホテルです。

デザインは完全にメキシカンスタイルです。徹底しています。このあたりは、ご存知のようにメキシコというかスペインの影響が強いので、このホテルが特別ということではありませんが。

一時期、僕はサンタフェスタイルが大好きでした。東京でなんとかこのスタイルを実現できないかと思ってトライしたのですが、失敗しました。

何が失敗だったかというと、スケール感です。

たしかにその建築はサンタフェスタイルの塗り壁と壁のアールの取り方をして、タイル張りの床とあわせてそのもの、のつもりですが、外から見ると電柱に囲まれているのです。そして隣の建物が迫っているので、単なる変わった建物でしかないのです。

それに比べると、このホテルのなんと立派なことか。

つくりはぜんぜんたいしたことありません。フロントも2名立ったらいっぱいになってしまいます。だいいち、入り口がどこだかよくわからないという、ホテル設計上はとんでもない設計になっています。客動線の誘導もへったくれもありません。

だから、立派というのはたてつけが立派ということではないのです。心地よい風が通路を通って、やしの木が揺れて・・・・、これです。やはり自然にはかないません!!そしてこれが町の真ん中にあるのです。

僕たちは、「見る」と言う行為から出発してデザインをしていると思います。
自然を「見る」というのは、単に目で見るのではなく、感じることが「見る」ことなのだと思います。

ミラノやニューヨークに行ったときはいつも刺激にあふれていて、町を歩き回っています。ここは、それとは違うものを見せつけられます。僕はシリコンバレーに来るといつも感じます。

自然がもっと豊かなところはもちろんたくさんあるし、別にここはどうっていうことないただの町です。写真とってもぜんぜん絵になりません。

でもここには世界最先端のIT産業があります。その希望のパワーが生み出した富と、自然が共存している、この雰囲気は世界でもここだけなのではないかと思います。

アメリカは僕たち日本人にとっては底知れない国で、たとえばこのあたりでもびっくりするぐらい富と自然が一体となった、もう、誰もがみんながあこがれてしまう地域といえば、スタンフォードのところでしょう。アメリカの他のところに行けば、そんなところいくらでもあります。

それに比べれば、ほとんどの人にはこのあたりを別になんとも思わない、どうってことないアメリカの町としか見えないと思います。

でも僕には特別なところなのです。

まだ卵なんだけど、これから上昇しようとしていて、その自由と将来がここにあるから、形が完全でもなくても、完成された部分がなにもなくても、ここにいてすごく心地よいのです。


03月03日
≪とんがったお店のデザイン≫

お店のオーナーは場合によっては、一生をそこで過ごすことになります。だからそういう場合はあまり時代の最先端のデザインをファサードに与えてしまうと、時間がたつととても時代遅れになってしまうことになります。

車のデザインでもそうです。日本やアメリカの車のデザインはとても流行に敏感です。でもその分、古めかしく感じるのも早いです。

ドイツの車はそのあたりがとても上手です。時間がたつと最新のものとは違う魅力がでてきたりします。

僕がデザインするお店のデザインも層ありたいと思っています。

でも、もしオーナーが一生をそこで過ごすのではないとしたら・・・。

ときには意外なフォルムを用いてみたいものです。そこには単なる目新しさということではなく、それを見た人になんらかの問題提起ができるようなもが最高です。

時代や距離を超えてコンテンツがきちんと伝わるフォルム、ヨーロッパにはそれを学べる例がたくさんあるように思います。



02月27日
≪店構えと中身≫

お店の顔を専門用語でファサードといいます。

お店を真正面から見たデザインですね。

ぱっと見たファサードの印象が、お店の中身、つまりストアコンセプトに直結していればいるほど、お客様にはわかりやすい、つまり入りやすいのです。

これをデザインの言葉で言うと、「コンテンツに直結したフォルムはわかりやすい」ということになります。

それは平面のデザインでも、立体のデザインでも同じです。

平面のデザインとは、すなわちお店でいうとロゴマークがそれにあたります。立体のデザインとは、すなわちお店の顔、ファサードです。

アメリカのシェーカー教徒の家具ってご存知ですか?

実用性第一のもので、きわめてシンプルで機能的なのです。装飾的なところは一切ありません。椅子の背もたれも、本来の機能のほかにまた別の機能をもっています。それは使わないときは、壁にかけられるようになっているのです。

空間にあるものはすべて、暮らしを質素にするというシェーカー教徒の価値観を具体的に物語っているの形なのです。


02月22日
≪デザインはコンテンツとフォルムだ!≫

デザインはコンテンツとフォルムという2つの要素から成り立っています。コンテンツという意味は、何を表現するのかということです。フォルムというのは、どう表現するのかということです。

お店でいえば、お店のイメージカラーとか、何かにこだわっているものとか、そういうものがコンテンツですね。

イタリアにこだわっている人がお店を出せば、それがどんな業種であれ、イタリアの内容になるでしょう。

アートを考える上では、コンテンツが先かフォルムが先か、そのどちらもありえます。

でもお店のデザインについては、僕には明確な順番があります。

もちろん、コンテンツが先です!

02月17日
≪お店のシンボルを考える≫

メルセデスベンツは、誰もが知っている高級車です。この車の先端には、特徴あるマークがついています。これを見れば、誰もがベンツだと思います。そしてベンツなら、きっといい車だと連想します。

先週までドイツに行っていました。ドイツではタクシーはみんな同じ色をしています。クリーム色です。ちなみにイタリアでは真っ白です。だからきっとドイツ人はクリーム色の車は自分の車としては買わないし、イタリア人は特にステーションワゴンの白は自分の車としては買わないでしょう。

話がそれましたが、日本ではタクシーの形はほとんど同じような形をしていますが、ドイツのタクシーは大きいものから小さいものまでいろいろあります。

あるとき乗ったタクシーは、小ぶりの車でした。ステーションワゴンと呼ぶには小さいので、日本でいうとトヨタビッツを少し大きくしたような車でした。

運転手は初老の方でしたが、すごくスマイルがチャーミングでした。そして荷台にはベビーシートがありました。お子さん?お孫さん??

乗り心地はお世辞にもいいとはいえません。石畳の道ではかなり上下に動きます。中は狭いし、私の足はかなり折れ曲がっていて、長距離だったらきっとひざが固まっていたと思います。

目的地に着いたとき、一緒に行った人が「この車はなんだろう?」と言いました。後ろにまわってみたら、ベンツのマークがありました。そしたら急に「へーっ」という反応になっていました。

つまりこういうシンボルというのは大事なのです。お店のメッセージを伝える場合でも、こういうシンボルがあることはすごく優位です。

こだわり、ブランド、コンセプト、これらは多くの場合視覚的要素の提示のしかたで伝わりかたが大きく変わることをお店を経営されている方は認識したほうがよいと思います。

02月12日
≪お店を作るのに最初に考えるべきこと≫

お店を出す人、あるいはお店を改装しようとしている人は、大金を出してその作業を行うのですから、当然あれこれと考え抜いているわけです。

それを受けたデザイナーの方は、いったい何を考えるのでしょうか?

この物件は儲かるかどうか、それを考えるでしょうか?
まともな仕事をするデザイナーであれば、次のことを考えています(はず)。

1.クライアントが最終的に目指すものは何か(何をお客様に見せて、何を訴えたいのか)

2.とんがったデザイン、安心するデザイン、レトロなデザイン、モードなデザインなど、どのような手法をとったらそれが実現できるか

3.敷地、建屋など物理的な制約はどうか

4.予算は

5.いつまでに仕上げるのか


これらの点はいうまでもないことかもしれません。
でもお店を開店させる方、すなわち私たちからいえばクライアントの皆様とこれらのことが同じ方向を向いたとき、あるいは共感できたとき、いいお店が作れるのではないかと思います。

そうなるために、上記は最初に考えるべき5点なのです。

02月09日
≪お店はデザイナーの作品?≫

デザイナーが、自分のデザインしたお店のことを「作品」というのは、僕は大嫌いです。そこには何か芸術家気取りの不遜な態度を感じるからです。

フランスの画家ジョルジュ・ブラックは、自分のスケッチブックに「絵は考えて描くものではない」と書き残しています。

確かに芸術家の描く絵は注文に応じて論理的にひねりだすものではありません。

しかし、デザイナーはデザインを考えます。何かの問題に対して解決策を論理的に考えるのです。

ここが芸術とデザインの違いです。

だから同じクリエイティブな活動といっても、芸術作品を作る場合と、デザイナーがお店をデザインする場合とでは、創作のステップが違うのです。



02月07日
≪お店のディスプレイの発想プロセス≫

発想のプロセスについて、こんなことを書いてある解説書があります。

●考える

●見る

●かたちにする

すごくシンプルです。

この3つは、この順番に行われるわけでもなく、別別に行われるわけでもないと言っています。

たとえば、海をぼけーっと見ていたら、波があるところだけ必ず一定の周期で崩れることを発見し、それを見つめている。そこから、自分のお店の天井のディスプレイを波のうねりのようにしてみたいと考えたりするといったように、同時に2つのことが行われて、発想になるわkですね。

このやり方は10人いたら10人違うわけで、そこが人間とコンピュータとの違いです。

見るという行為を考えてみても、英語ではLOOKとWATCHの二つがあります。判断にもいろいろは判断の仕方があります。ひとりの人が何かを見たり、判断したりするときでも、その人のその日の気持ちや、感覚が大きく影響します。

発想はすべてこのような、人間的な行為の上になりたっているのです。

コンピュータがこれを実現するためには、あと何年の時間とどのぐらいの天才頭脳とお金がかかるわかわりませんが、私たちはちょっとした心がけでこれを実現することができるのです。

02月07日
≪よい発想のプロセス≫

ウインドウディスプレイなどのアートも、お店の気の効いたちらしのキャッチコピーも、発想がすべての原点になっています。

よい発想が湧いてくるプロセスはいったいどのようになっているのでしょうか。

クリエイティブと呼ばれている人たちは、特別な才能があって、持って生まれているかどうかだとすると、持って生まれていない人はあきらめるしかないのでしょうか。

僕は違うと思います。ただ、この「よい発想のプロセス」を解明するのはすごく難しいことです。

われわれは、何かをしながら別のことを考えます。シャワーを浴びているときや、部屋の観葉植物に水をやっているときに、ぜんぜん関係のないことがひょっこり浮かんできたりします。ずっと頭を悩ませていた問題の答えが、いきなり浮かんできたりします。でもそれを無理やりひねり出そうとしても出てこないのです。

少し古い曲ですが、井上陽水が作った「夢の中へ」という曲がこれをよくあらわしています。「探すのをやめたとき、見つかることもよくある話で・・・、踊りましょう、夢の中へ・・」というやつですね。

ただ、そうすると、よい発想を浮かべるためには、努力するのではなく、ただそいつがいつかのタイミングで浮かんでくるのを待つしかないという結論になります。

どうしようもないのでしょうか?

普段どうしていれば、よい発想は浮かんできやすくなるのでしょうか?

02月04日
≪いい発想≫

印象に残るお店の顔は、メッセージ性を持っています。そして、それは今のトレンドをよくつかまえています。

僕は事務所に行くときに六本木ヒルズを通るのですが、そこのテナントのディスプレイを見ているとき、よく驚きに似た尊敬を感じずにはいられないときがあります。

けやき坂を歩いていると見える、イッセイミヤケやベルサーチなどのスーバーブランドのウインドウディスプレイはもはやアートといっていいでしょう。

けやき坂においてある、アートの椅子と、そしてこの季節の夜に灯されるイルミネーションとともに、時代のメッセージを感じます。

この感動は何からくるのでしょうか。まずとにかくイメージへの発想がすばらしいです。どうすればいい発想が浮かぶのか、これらはクリエイティブな仕事にたずさわっている人間の永遠のテーマでしょう。

ただ、これだけはいえます。いい発想は、よく考えられていて、よく世の中を見ていて、そしてすばらしいかたちを作っています。


01月31日
≪お店の見た目のメッセージ≫

私はニューヨークに行くと、よく美術館に行きます。東京にいるときは、ぜんぜん行かないくせに。

ニューヨークで私が好きな美術館は、ホイットニー美術館です。ちょっとこじんまりしていて、なんか落ち着くのです。

ここでは、現代アートが中心に展示されています。

展示されているアートをずーっとずーっと見ていると、何か作り手のメッセージみたいなものが受け取れます。
正確に言うと、受け取れるときがあります。全部が全部受け取れているわけではありません。残念ながら。

よくできたアートは、明確なメッセージを送ってくれます。つまり、私はその作者とは会ったことがないし、顔も知らないけど、この作品を通じてコミュニケーションしているのです。

お店の顔もこれと同じことが言えるのではないでしょうか。お客様はお店の外観を見たときに、お店の奥の方にいるお店の人と直接話さなくても、すでにコミュニケーションを開始しているのです。


01月30日
≪お店の見た目≫

「百聞は一見にしかず」

まさにそのとおりですね。人が「一見」でどれだけの情報を得るかは計り知れないものがあります。たとえば文字だって、もとをたどれば象形文字にたどりつきます。

つまり見た目というのはすごく多くの情報を発信しているわけです。

よく、ビジネスマナーなどの研修に参加すると、人は会ってから4秒で相手を判断するなどと言われます。

お店だって同じです。
お店でいえば、お店の見た目、すなわちファサードのところです。

デザインデザインしていればいいというわけではありません。もし今はやりのデザインであれば、かっこいいなあと思われるでしょう。でもこれが商売上ベストかといえば職種にことなります。
場合によっては、素朴な魅力というのももちろんありえます。

要するに、見た目はすべてを語るわけです。

01月25日
≪テーマ≫

クリエイティブ(創造的)に考えるということは、何も決まりはない、だからといって何をしていいということでもない、ということは、実はよいお店を作るのにとても重要なことです。

よいお店とは一体何をもっていうのか?という問いにはゆっくりと解答を探していきたいと思いますが、とりあえず、10人いたら10人のイメージが違うにしても、よいお店を作るためには、ただあてずっぽうで作るのではなく、あるガイドラインみたいな考え方があるわけです。

そのガイドラインに沿った上で、かつアイディアが独創的であれば独創的であるほどよいわけです。

ここでそのガイドラインの大前提になるのが、お店の持っているテーマといえると思います。

単なるアートであれば、テーマなんてどうでもよい、ただ美しくあればそれでよい!などという考え方もあるかも知れませんが、お店とは経営活動そのものなのでアートとはあきらかに違います。

ただ美しいだけ、それだけでは魅力的なお店にはならないのです。なんとなく人間にも共通するところですね。


01月21日
≪クリエイティブ≫

弊社はお店の開店、開業をプロデュースする会社です。お店をどういう風に作りこんでいくかという問いに関して、これという決まった答えなどありません。だからそういうことを「クリエイティブ」と呼ぶことがあります。
クリエイティブってどういうことかと考えてみると、それはひとつのことをとらえたときの解釈の仕方や今まで生きてきた経験の応用の仕方に無限のバリエーションがあるということなのではないかと思います。たとえば、美容室をひとつとってみても、10人いたら10人の頭の中に
描かれるイメージは全部異なるといえるでしょう。そういう中で、私たちはひとつの答えを出していかなければならないわけです。それには、無限の可能性があるとはいえ、だからといってどのように考えても、どのように作っても世の中から許されて、ビジネスがうまくいくかといういうとそうではありません。ここのブログでは、どのように考えればうまくいくかというガイドラインを探索していきたいと思います。